2018年7月の記事一覧

頂妙寺

案内 写真はクリックすれば拡大

仁王門通の頂妙寺さんの写真です。
川端通など表通りからはあまり見えないのですが、とても広い境内でびっくりします。境内には塔頭寺院が8つもあります。

頂妙寺の写真素材

仁王門通りの名はこの仁王門のこと。運慶&快慶コンビの彫った毘沙門天と持国天が中に。

頂妙寺の写真素材


大本堂の両脇には大きなイチョウの樹。

頂妙寺の写真素材


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京都にある天皇陵(御陵)

案内 写真はクリックすれば拡大

歴代の天皇陵をぜんぶ回ろうというような野望はありませんが、いままでに撮影したものを掲載します。

御陵は初夏や初秋のさわやかな日に行くのがいいですね。見晴らしのいい御陵も多いので。
参陵道はどこもよく手入れされていて歩きやすいのがうれしいです。

参陵道の写真素材


写真は清閑寺の六條天皇陵。

六條天皇清閑寺陵の写真素材


なお、宮内庁のHPによると、京都にある天皇陵は以下のとおり。
写真を撮ったものをだんだん追加していく予定です。
51代天皇まではほぼ奈良と大阪です。

第38代 天智天皇
山科陵(やましなのみささぎ)
京都府京都市山科区御陵上御廟野町
天智天皇は大化の改新の主役。三条通から琵琶湖疏水までの広い森を持っています。

天智天皇陵の写真素材


第50代 桓武天皇
柏原陵(かしわばらのみささぎ)
京都府京都市伏見区桃山町永井久太郎
都を平安京に移した天皇です。平安神宮には神様として祀られています。桓武天皇の御陵は伏見桃山城のそば。だだっ広いと言ってもいいくらいに広い敷地です。

桓武天皇陵の写真素材

遠い!

桓武天皇陵の写真素材


第52代 嵯峨天皇
嵯峨山上陵(さがのやまのえのみささぎ)
京都府京都市右京区北嵯峨朝原山町
景色のいい参道をジグザクに登っていきます。訪れる方も多い御陵です。階段下までは自転車で来られる方が多いようでした。

嵯峨天皇陵の写真素材

大覚寺・大沢池・広沢池などが眼下に広がります。

嵯峨天皇陵の写真素材


嵯峨天皇陵を広沢池あたりから遠望。ジグザクの道が見えます。

嵯峨天皇陵の写真素材


第53代 淳和天皇
大原野西嶺上陵(おおはらののにしのみねのえのみささぎ)
京都府京都市西京区大原野南春日町
すみません。ここまでしか行っていません。
淳和天皇は山中に散骨せよと命じて亡くなったので、元々は御陵はありませんでした。

淳和天皇陵の写真素材


第54代 仁明天皇
深草陵(ふかくさのみささぎ)
京都府京都市伏見区深草東伊達町
名神高速道路のすぐ南側にあります。写真にも右奥に高速道路が写っています。まわりには住宅が建っています。

仁明天皇陵の写真素材


第55代 文德天皇
田邑陵(たむらのみささぎ)
京都府京都市右京区太秦三尾町
所在地については天皇の杜古墳とされていたこともありましたが、文久の修陵の際に現在地とされました。


第56代 淸和天皇
水尾山陵(みずのおやまのみささぎ)
京都府京都市右京区嵯峨水尾清和
水尾の山奥の秘境にあります。なかなかたいへんな場所。
集落からいったん谷まで降りて、向いの山をジグザグに中腹まで登っていきます。景色もありません。

淸和天皇陵の写真素材


ぐるんと回り込むようにして正面へ。

淸和天皇陵の写真素材


第57代 陽成天皇
神樂岡東陵(かぐらがおかのひがしのみささぎ)
京都府京都市左京区浄土寺真如町
真如堂と宗忠神社の中間にあります。お寺・神社・住宅・御陵の混在した京都らしい場所といえるかもしれません。

陽成天皇陵の写真素材

御陵の前をまっすぐ行くと真如堂の赤い山門、その左には如意ヶ嶽の大文字が見えます。

陽成天皇陵の写真素材


第58代 光孝天皇
後田邑陵(のちのたむらのみささぎ)
京都府京都市右京区宇多野馬場町
知らなければこの道の南側には入っていかない、そんな場所。

光孝天皇陵の写真素材


第59代 宇多天皇
大内山陵(おおうちやまのみささぎ)
京都府京都市右京区鳴滝宇多野谷
山の上なのに一段下がった広い窪地にあります。
菅原道真を重用した天皇で、次の醍醐天皇のときには左遷された道真を救おうとしましたが叶いませんでした。

宇多天皇陵の写真素材


第60代 醍醐天皇
後山科陵(のちのやましなのみささぎ)
京都府京都市伏見区醍醐古道町
醍醐の住宅街の中です。

醍醐天皇陵の写真素材


第61代 朱雀天皇
醍醐陵(だいごのみささぎ)
京都府京都市伏見区醍醐御陵東裏町
醍醐寺境内を北門から出るとすぐのところにあります。とても広々とした空間です。

朱雀天皇陵の写真素材

朱雀天皇陵の写真素材


第62代 村上天皇
村上陵(むらかみのみささぎ)
京都府京都市右京区鳴滝宇多野谷
福王寺から北へまっすぐつきあたりまで進み、山道に入っていきます。

村上天皇陵の写真素材


第63代 冷泉天皇
櫻本陵(さくらもとのみささぎ)
京都府京都市左京区鹿ヶ谷法然院町,鹿ヶ谷西寺ノ前町
哲学の道のよーじやさんの奥です。

冷泉天皇陵の写真素材


第64代 圓融天皇
後村上陵(のちのむらかみのみささぎ)
京都府京都市右京区宇多野福王子町
福王寺の交差点の少し北側にあります。

圓融天皇陵の写真素材

第65代 花山天皇
紙屋川上陵(かみやがわのほとりのみささぎ)
京都府京都市北区衣笠北高橋町
西大路通のわら天神の向かい側、住宅地の中にある御陵です。

花山天皇陵の写真素材


第66代 一条天皇
圓融寺北陵(えんゆうじのきたのみささぎ)
京都府京都市右京区竜安寺朱山 龍安寺内
龍安寺からだいぶん登ってきました。このまま先へ進めば、山道を宇多天皇陵まで歩けます。
一条天皇の皇后定子には清少納言が仕え、中宮彰子には紫式部が使えました。

一條天皇陵の写真素材

第67代 三条天皇
北山陵(きたやまのみささぎ)
京都府京都市北区衣笠西尊上院町
金閣寺の駐車場から北へ、しょうざんリゾートのほうへ少し歩いたところの住宅街にあります。

三条天皇陵の写真素材

第68代 後一条天皇
菩提樹院陵(ぼだいじゅいんのみささぎ)
京都府京都市左京区吉田神楽岡町
陽成天皇陵のすぐそばにあります。御陵のすぐ前は道路が細くなっていて、車のすれ違いは譲り合うしかないところ。
藤原道長がもっとも権力をふるったときの天皇です。

後一條天皇陵の写真素材


第69代 後朱雀天皇
圓乘寺陵(えんじょうじのみささぎ)
京都府京都市右京区竜安寺朱山 龍安寺内
龍安寺境内の東側からまわりこむように歩いて到達します。三つ並ぶうちの右側です。

後朱雀天皇陵の写真素材


第70代 後冷泉天皇
圓教寺陵(えんきょうじのみささぎ)
京都府京都市右京区竜安寺朱山 龍安寺内
三つ並ぶうちの真ん中です。

後冷泉天皇陵の写真素材


第71代 後三條天皇
圓宗寺陵(えんそうじのみささぎ)
京都府京都市右京区竜安寺朱山 龍安寺内
三つのうちの左側です。

後三條天皇陵の写真素材


第72代 白河天皇
成菩提院陵(じょうぼだいいんのみささぎ)
京都府京都市伏見区竹田浄菩提院町
こぢんまりとした御陵です。
直属の北面の武士を用いた天皇で、彼らをして僧兵や源氏に対抗しました。

白河天皇陵の写真素材

目の前は阪神高速の高架です。

白河天皇陵の写真素材


第73代 堀河天皇
後圓教寺陵(のちのえんきょうじのみささぎ)
京都府京都市右京区竜安寺朱山 龍安寺内
父の白河上皇が院政を行い、大きな力はありませんでしたが、誠実に政務を行ったといわれます。

堀河天皇陵の写真素材


第74代 鳥羽天皇
安樂壽院陵(あんらくじゅいんのみささぎ)
京都府京都市伏見区竹田浄菩提院町
安楽寿院にある美しい御陵です。

鳥羽天皇陵の写真素材

鳥羽天皇陵の写真素材


第76代 近衞天皇
安樂壽院南陵(あんらくじゅいんのみなみのみささぎ)
京都府京都市伏見区竹田浄菩提院町
安楽寿院にある多宝塔つきの御陵です。御陵の中ではインパクト最高級。

近衞天皇陵の写真素材

多宝塔、美しいです。

近衞天皇陵の写真素材


第77代 後白河天皇
法住寺陵(ほうじゅうじのみささぎ)
京都府京都市東山区三十三間堂廻り町
法住寺殿に住んだ方ですので、法住寺のすぐそばに御陵があります。
上皇・法皇として五代の長きに渡って院政を行なった天皇。在位中には保元の乱・平治の乱から平家滅亡までさまざまな事件が起こりました。

後白河天皇法住寺陵の写真素材


第78代 二條天皇
香隆寺陵(こうりゅうじのみささぎ)
京都府京都市北区平野八丁柳町
平野神社に近い街なかにある御陵です。
後ろにひょろりんと立っている木が気になります。

二條天皇陵の写真素材


第79代 六條天皇
清閑寺陵(せいかんじのみささぎ)
京都府京都市東山区清閑寺歌ノ中山町
秋には燃えるような紅葉に包まれる御陵。
2歳で皇位につき13歳で亡くなった天皇です。
清閑寺陵の紅葉の写真素材


第80代 高倉天皇
後清閑寺陵(のちのせいかんじのみささぎ )
京都府京都市東山区清閑寺歌ノ中山町
ここまでしか入れないので、六條天皇陵と高倉天皇陵の位置関係がよくわかりません。

六條天皇清閑寺陵の写真素材


第82代 後鳥羽天皇
大原陵(おおはらのみささぎ)
京都府京都市左京区大原勝林院町
後鳥羽天皇は4歳で皇位につき、後白河法皇亡きあとは自ら院政を行いました。
源実朝暗殺のあと、執権の北条氏を追討するため挙兵しましたが失敗。隠岐に流され、そのまま隠岐で亡くなりました。(承久の乱)

大原陵の写真素材


第83代 土御門天皇
金原陵(かねがはらのみささぎ)
京都府長岡京市金ヶ原金原寺
長岡京市の町外れに建つ御陵です。
土御門天皇は4歳で皇位につき、承久の乱に際して土佐に配流になりました。

第84代 順德天皇
大原陵(おおはらのみささぎ)
京都府京都市左京区大原勝林院町
承久の乱に際して佐渡に配流になり、その地で亡くなりました。

順德天皇大原陵の写真素材


第85代 仲恭天皇
九條陵(くじょうのみささぎ)
京都府京都市伏見区深草本寺山町
東福寺の南側の道をどんどん登っていったところにあります。東福寺拝観のついでにお参りしようとすると少し遠く感じるでしょう。
仲恭天皇は4歳で天皇に、皇位について翌月に承久の乱が起こり廃されています。
16歳で亡くなっています。

仲恭天皇陵の写真素材

振り返れば、京都駅や京都タワーが見えます。参道は日差しを遮るものがなにもなく、カンカン照りの日はとても辛いところ。

仲恭天皇陵の写真素材


桜もきれいです。

仲恭天皇陵 京都タワーと桜の写真素材


第86代 後堀河天皇
觀音寺陵(かんおんじのみささぎ)
京都府京都市東山区今熊野泉山町 泉涌寺内
10歳で皇位につき、21歳で四条天皇に譲位し、院政を行いました。

後堀河天皇觀音寺陵の写真素材


第87代 四條天皇
月輪陵(つきのわのみささぎ)
京都府京都市東山区今熊野泉山町 泉涌寺内
2歳で天皇となり、12歳で亡くなりました。

天皇陵 泉涌寺の写真素材


第88代 後嵯峨天皇
嵯峨南陵(さがのみなみのみささぎ)
京都府京都市右京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町 天竜寺内
天龍寺の庫裏の手前に入り口があります。お寺の方に声をかけてから入ります。

後嵯峨天皇陵の写真素材


第89代 後深草天皇
深草北陵(ふかくさのきたのみささぎ)
京都府京都市伏見区深草坊町
JR奈良線の線路のすぐそばの御陵です。南北朝のころ、応仁の乱のころ、戦国時代まで、ややこしい時代の天皇たちが眠る御陵です。深草十二帝陵とも呼ばれています。

後深草天皇陵の写真素材

JR奈良線は本数は少なめですが、時折、遮断機が下り、大きな音を立てて水色のラインの電車が通過していました。

後深草天皇陵の写真素材


第90代 亀山天皇
龜山陵(かめやまのみささぎ)
京都府京都市右京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町 天竜寺内
天龍寺の庫裏の手前を右手に折れてすぐのところ。
亀山上皇として院政を行なっているときに、二度に渡る蒙古襲来を受けました。

龜山天皇陵の写真素材


第91代 後宇多天皇
蓮華峯寺陵(れんげぶじのみささぎ)
京都府京都市右京区北嵯峨朝原山町
嵯峨野の広沢池の北西、まわりになにもない静かなところです。
手前の池には鯉がたくさん育てられています。

後宇多天皇の写真素材

後宇多天皇の写真素材


第92代 伏見天皇
第93代 後伏見天皇
深草北陵(ふかくさのきたのみささぎ)
京都府京都市伏見区深草坊町

後深草天皇陵の写真素材


第94代 後二條天皇
北白河陵(きたしらかわのみささぎ)
京都府京都市左京区北白川追分町
京都大学のキャンパスに組み込まれているような場所にあります。

後二條天皇陵の写真素材

第95代 花園天皇
十樂院上陵(じゅうらくいんのうえのみささぎ)
京都府京都市東山区粟田口三条坊町
青蓮院と知恩院のあいだに建つ御陵です。

花園天皇陵の写真素材

参道を歩くとお隣の青蓮院が見えるので、ちょっと得した気持ちになります。

花園天皇陵の写真素材

第98代 長慶天皇
嵯峨東陵(さがのひがしのみささぎ)
京都府京都市右京区嵯峨天竜寺角倉町
嵐山の臨川寺と鹿王院のあいだあたりに大きな敷地を持つ御陵。観光客のあまりこないエリアにあります。

長慶天皇陵の写真素材

第99代 後龜山天皇
嵯峨小倉陵(さがのおぐらのみささぎ)
京都府京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町

後龜山天皇陵の写真素材

嵯峨野らしい上品なカエデの参道。

後龜山天皇陵の写真素材


第100代 後小松天皇
第101代 稱光天皇
深草北陵(ふかくさのきたのみささぎ)
京都府京都市伏見区深草坊町

後深草天皇陵の写真素材


第102代 後花園天皇
後山國陵(のちのやまくにのみささぎ)
京都府京都市右京区京北井戸町丸山 常照皇寺内
北朝初代の天皇である光厳天皇の御陵もこちらにあります。

後花園天皇陵の写真素材


第103代 後土御門天皇
第104代 後柏原天皇
第105代 後奈良天皇
第106代 正親町天皇
第107代 後陽成天皇
深草北陵(ふかくさのきたのみささぎ)
京都府京都市伏見区深草坊町

後深草天皇陵の写真素材

第108代 後水尾天皇
第109代 明正天皇
第110代 後光明天皇
第111代 後西天皇
第112代 靈元天皇
第113代 東山天皇
第114代 中御門天皇
第115代 櫻町天皇
第116代 桃園天皇
第117代 後櫻町天皇
第118代 後桃園天皇
月輪陵(つきのわのみささぎ)

泉涌寺 月輪陵

京都府京都市東山区今熊野泉山町 泉涌寺内


第119代 光格天皇
第120代 仁孝天皇
後月輪陵(のちのつきのわのみささぎ)
京都府京都市東山区今熊野泉山町 泉涌寺内
後月輪陵も月輪陵と同じ場所にあります。遥拝する場所からはどのような位置関係になっているのかはわかりません。

天皇陵 泉涌寺の写真素材


第121代 孝明天皇
後月輪東山陵(のちのつきのわのひがしのみささぎ)
京都府京都市東山区今熊野泉山町 泉涌寺内
山道ではありませんが、けっこう坂道を登ります。

孝明天皇後月輪東山陵の写真素材


第122代 明治天皇
伏見桃山陵(ふしみのももやまのみささぎ)
京都府京都市伏見区桃山町古城山
すごい階段の上に建つ大きな明治天皇の御陵です。

明治天皇伏見桃山陵の写真素材

近くまでは行けませんが、上円下方墳になっています。

明治天皇伏見桃山陵の写真素材


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要法寺

案内 写真はクリックすれば拡大

東山三条の北西に建つ要法寺さんの写真です。
三条通りから立派な表門と石柱が見えます。この門はいつも閉まっているので、昔は拝観謝絶のお寺かと思っていました。
表門は伏見城から移築されたものだそうです。

要法寺の写真素材

境内に入ってみるととても町なかのお寺と思えないくらい広いです。塔頭寺院も7つ建ち並びます。
本堂。

要法寺の写真素材

要法寺の写真素材

新堂。

要法寺の写真素材


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恋塚寺

案内 写真はクリックすれば拡大

下鳥羽の恋塚寺さんの写真です。戀塚寺の石碑が立ちます。

恋塚寺の写真素材

門前の道は細いけれど、けっこう交通量が多いです。
茅葺きの山門をくぐれば、すぐに小さな本堂があります。
本堂にあがって自由にお参りできます。
恋塚寺の写真素材


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久我神社

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桂川の西に建つ久我神社(こがじんじゃ)の写真です。
784年に長岡京ができたときに、都を守護するために作られた神社です。
住宅街の中にいきなり緑あふれる境内が現れます。

久我神社の写真素材

とてもよく整備されていて、社殿を取り囲むように竹林があり、まわりの住宅との緩衝地帯になっています。
絶えずさわさわと竹林独特の音が聞こえており、うぐいすも近くで啼いていました。

久我神社の写真素材

まわりの道は細かったりぐねっていたりとても難しい構成になっています。
迷いました...。


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北向山不動院

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安楽寿院のそばの北向山不動院さんの写真です。
祀られている不動明王は平安京を守るため北を向いているので、北向山の名がついています。

北向山不動院の写真素材


大阪北部地震で少なからず被害があり、お堂の修理が行われ、石灯籠は外されていました。

北向山不動院の写真素材


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大酒神社

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太秦の大酒神社の写真です。

大酒神社の写真素材

秦氏ゆかりの神社で、祭神のひとりが秦始皇帝。元は広隆寺境内に建っていたものが、明治の神仏分離で少し離れたこの地に移りました。
小さな神社です。
社頭は奥行きがありそうに見えるのですが、すぐに本殿があり、ほぼそれだけです。

大酒神社の写真素材


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万寿寺

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東福寺から九条通をはさんで北西側に建つ万寿寺さんの写真です。
万寿寺は、かつては京都五山のひとつとして栄えたお寺ですが、焼失や移転を経て、いまは東福寺の塔頭となっています。
立派な鐘楼が建っています。

万寿寺の写真素材

非公開ですので、鐘楼から先には入れません。

南禅寺を別格として、天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺そしてこの万寿寺が足利義満の五山でした。


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信行寺

案内 写真はクリックすれば拡大

東山仁王門の北西角に建つ信行寺さんの写真です。
伊藤若冲が描いた天井画「 花卉図」があることで知られています。168の格子面にひとつひとつ花が描かれている華麗なもの。
普段は非公開ですが、たまに特別公開も行われています。
門前の写真のみです。

信行寺の写真素材


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